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改めて『必ずや、名を正さんか』と言ってみる

http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/56362f0c5ac701d2e00319e516cfff85

他人様のブログの、しかもコメント欄を汚しまくると荒しみたいになっちゃうからテメエのところでやる次第。

「支那」は差別語ではない、というのが拙の言い分だが、差別的に使われるケースがあるんだから空気読んで使うなっていう人が多いようだ。つーか支那は支那ってのは俺様だけ。

だが、この臍曲がりが納得するような意見は皆無であった。所謂想定の範囲内ってやつだね。

私はこのような『支那を使うことは良くない』などという差別的主張には屈しない。断固として戦うつもりだ。

そもそもいつから言葉の使い方を多数派の言い分で決めなきゃならなくなったんだろう?

流石民主主義だ。暴論でも多数決なら絶対なのだろう。故に300議席を持って与党が好き放題やっても文句は言わないということか。

支那が少数派だというなら東シナ海は東中華人民共和国海に。インドシナ半島は印度中華人民共和国半島とでも言い換えるべきであるし、世界中に蔓延する『シナ』という言い方を変えろとい運動を開始してもらいたい。一ブロガーには重荷だとするなら、某野球ライター辺りを煽ってもらいたい。

だって支那そば屋はだめで、チャイニーズレストランはOKということになるんだもの。不合理きわまりない。そうでなけりゃ単なる無自覚な欧米崇拝か。

またgiants-55さんが感情論を持ち出されたのがさっぱりわからない。それでは『差別はいけない』どころか感情の上でなら『差別すること』はOKになってしまう。これでは『差別がなぜいけない』のか説明ができなくなるんじゃないのか?

人間は感情の生き物だ、として思考停止してしまうことがどれだけ恐ろしいことなのか。そのために葬られた表現がどれだけあるのか。ウル○ラセ○ンの第12話が代表だ。あれは佐々木守、実相寺昭雄コンビの作品としては正直言ってあまり出来は良くない。テーマが前に出すぎている。だがそのテーマとは別の次元で着ぐるみの表面の処理)、それと二次使用時に出版社が用いた表現が告発団体の気に障ったことで封印された。

『差別的表現』によって『傷つく人が出てくる』が故である。作品の意図するところではない。佐々木守が60年代から70年代にかけて残した作品をみれば明らかなのに、いや当該作品を見てもわかろうというものだ。

だが反差別、人権などの旗印のもとに葬られたのである。

そのくせ日本を代表する『怪獣王』は野放しだ。水爆実験の落とし子。核実験の副作用で口から白熱光まで発するのだが、なぜかお咎め無し。公平を期すならば怪獣映画の発禁運動を起こすべきであろうが、そんな動きは聞いたことがない。不思議だね。

ま、私は民主主義だの人権だのってえのは怪しいと思っているので、どうでもいいんだけどね。そもそも寛容だって民主主義から生まれたものではない。むしろ一番遠い言葉とも言えるんだし。

ところで支那人が日本人を侮蔑するときに「倭」をしばしば用いる。また韓国辺りでは天皇という言葉を使わず日王と表記されている。

「相手が嫌がる言葉は使うべきでない」というならば、こういうことにも怒り心頭になって当然ではないか。

抗議の火の手がどこから上がるのか、その日がいつになるのか、楽しみに指折り待つことにしよう。

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Comments

物事の判断をして行く上で「論理的で在る」というのは大事だし、基本的には最優先されるべきだと思っています。それに感情が介在してしまうと、結局は「ちびくろサンボ騒動」みたいな不毛な事態になってしまうのも確かかと。あの問題だって反対派の人にとっては「感情的に許せない。」という理由からだったのでしょうし。

でも、やはり100%論理的に処理するというのはどうかと個人的に思うんです。破壊王子様の様に「中国に関する事柄に精通している方が、その歴史的な背景や諸々を踏まえた上で、『それでも“支那”という言葉を使うのが最適だし、それ以外に在り得ない。」と主張されるので在れば、それはそれで良いと思うし、「それは絶対に間違っている。」なんておこがましい事を言うつもりは無いのは、自ブログでも触れた通り。個人の考えに関しては、それが明々白々に誤認だったり、法的におかしい物で無い限り、他者から強要されるべきものでもないし。

唯、これは理解して欲しいのが、誰もが特定の事柄に対して全てを知っている訳では無いという事。破壊王子様は中国問題に精通されているけれど、自分を含めた一般人はそのレベルに無い。それが不勉強とされるならばその通りだけれど、他のテーマに関しては破壊王子様も精通していないで在ろう事も在るだろうし、知らない上で(乃至は或る程度知った上で)「これはどうかなあ。」と思う事も在ると思うんです。破壊王子様が良く使われる喩えの「支那が駄目なら支那そばはどうなのか?」というのが在りますが、その論理はその通りなれど、実際に「支那というのはどうかと思うけど、支那そばには何とも思っていない人の方が殆どではないかと。それは論理矛盾で在るけれど、それが一般的で在り、全てに於いて一本線が通っている事は先ず無い。それが在らぬ差別を生む可能性は否定しないけれど、それが一般的なのではないかと。破壊王子様の様に全てを論理で通され、「不快な相手だから、嫌がらせで使ってやれ!」という感情の発露から“では無い”場合なら、自分は全く良いと思うんです。嫌なのは「支那」に限らずどんな事柄でも「不快に思っている人間が居るのが判っていて、それ以外にも使える言葉が在るのも判っていて、それで“不快にさせる目的”でわざとそういった言葉を使用しているケース」なんです。たまたま「支那」問題になってしまったけれど、どうもこの手の話では「自分は何を言っても構わないけれど、他者からは一寸でも不快な事は言われたくない。自分が愛する対象や自分が所属する組織は最高で、それ以外は一切認めない。」という人が少なくなく、その事に辟易させられるんですよ。何度も書いていますが、破壊王子様はそういった人では無いと認識していますから御安心下さい。そうじゃなかったら、あの記事の中で破壊王子様の「支那論」をわざわざ取り上げませんし^^。

破壊王子様の様にきつい事を書かれていても、その中にユーモアが感じられるのは好きなんです。でも他者に対して意図的に「w」等の嘲笑の文字を多用する、それも別に相手が普通に書いている文章に対してというケースがネット上では良く見掛けられ、そういうのもどうかと思っています。そういう人に限って「自身に不都合な指摘」が在ると平気でスルーしたり、幼稚な言い訳に終始する。破壊王子様とは思想的に相容れない部分“も”在るけれど、きちんとキャッチボールが出来る(御互いに疑問点にはきちんと答えられる。)という意味で敬意を覚えていますし、そういう人がネット上にもっと増えてくれたらと願う次第です。

乱文申し訳在りません。くどい様ですが、破壊王子様の主張を完全否定するものでは無いので。

P.S. 御自身のブログで“続き”を書いて戴いた御配慮に感謝致します。以前、他者から矢継ぎ早に攻撃されて疲労困憊した事が在りましたので(苦笑)。

Posted by: giants-55 | May 02, 2009 at 19:27

一寸言葉足らずの面が在りましたので追記させて貰います。(攻撃じゃ在りせんので^^。)

件のウルトラセブンのケースも、又ちびくろサンボの件も一部の人間の抗議で“闇に葬られた”ものの、「それはおかしくない?」という声がそれ以上に在ったので「あの話を再放送して欲しい。」という声があちこちで上がっているのだと思うし、ちびくろサンボに関しては今では普通に刊行されていると思うんです。

一般的には「支那」という言葉に対して「何から何迄嫌!」と思っている人は少ないのではないでしょうか。破壊王子様の様に論理的に主張されているケースでは、抗議が起こる事は無い(乃至は少ない)のではないかと。要は「論理的に正当性を主張したい。」という思いでは無く、「嫌がっている人間が居るみたいだから、嫌がらせで使ってやれ!」といいった思いが行間から“あからさまに”伝わって来るケースに対して不快感を覚える人が少なくないのではないでしょうか。得てしてそういった文章を書く方は、自身(乃至は愛する対象や自身が属している組織等)に対しては大甘だったりするので、余計に「それおかしいんじゃないの?」という思いが募るのだと自分は感じています。

Posted by: giants-55 | May 02, 2009 at 19:54

giants-55様

うーん、貴殿のお考えはよくわかるのです(むしろ貴殿の後ろ側にいる、尻馬に乗った人々の言い分に対するオブジェクションなんですけどね)。
拙をレイシストにしたがっている輩もしましたね。あ、別にアタクシはレイシスト呼ばわりされても平気だったりします。だって民主主義も人権もそれほど大事だと思っておりませんから。そうだ、ちょうど良いから伝えておいてください。君たちのような人間を『事なかれ主義者』っていうって(笑)いや多数派のケツについていくなら事大主義者かな?

>「不快に思っている人間が居るのが判っていて、それ以外にも使える言葉が在るのも判っていて、それで“不快にさせる目的”でわざとそういった言葉を使用しているケース」

貴殿は拙を買いかぶりすぎです。アタシも相手を不快にさせる目的で、最適だと思えばその為の言葉を選んで使うなんて当たり前にやります。どっかの馬鹿野球ライターみたいに、ろくに読んだこともないであろう「ウ〇コに学べ」という本のアフィリエイト貼るような、面白くもなんともない手は使わんということです。

支那問題については、私のような浅学無学の徒なぞより、呉智英、浅羽通明、小谷野敦辺りの著作でもお読みになるとよろしいでしょう。とうかモトネタですかね。ホント若いころに触れておいて正解。おかげで雁屋哲みたいな、いい加減な左畜アジ野郎に騙されないですみました。
彼らに代表されるように、支那を支那と呼んでいる殆どの人は、支那の文化や歴史にも明るい人の方が多いのです。
一部の愚か者が相手をこき下ろすために使うからといって言い換えを強制していることこそおかしい。

しかもそれが日本にのみ強制され、おかげで文化の破壊、企業の風評被害による倒産まで起こる理不尽にたいして、どういうわけかそれこそが正義だというならば、Noというだけのことです。


Posted by: 破壊王子@席亭 | May 02, 2009 at 22:35

レス有り難う御座いました。何か私と破壊王子様との“交換日記”みたいになってしまっていますけれど(笑)。

追従でも何でも無く、破壊王子様は是々非々で主張されている方だと思っています。不快にさせる目的に言葉を使う事も在るとの事ですが、それは余り感じないです。在ったとしても自分の好む所の「ユーモアを含んだシニカルさ」に上手く包み込まれているのでしょう。

自らが主張したい事柄の為に、己が信じる言葉を用いるというスタンスは重要だし、それが例え自分(giants-55)の考えと相容れなかったとしても、それはそれで尊重したいと思っています。破壊王子様の場合はこれに当該する訳ですが、兎に角苦手なのは、「自分が主張したい事柄の為」というのでは無く、「他者を見下す目的“だけ”で特定の言葉を多用する。」という「論を感じ得ない。」ケースなんです。

Posted by: giants-55 | May 02, 2009 at 23:38

giants-55様

アタシが苦手なのはイデオロギーに縛られていないといいつつ、実はイデオロギーの呪縛に絡まっている手合いです。

民主主義は正しい、人権は正しい、差別は絶対悪だ…。
これだって洗脳の結果に過ぎませんので。

Posted by: 破壊王子@席亭 | May 15, 2009 at 20:20

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